学びの物語 数学編 タイトル画像

概要

算数が苦手だった私が、数学に出会い直し、
「できない」が「できる」に変わっていった物語です。
中学での再スタート、高校での努力、大学での挫折、
そして“教える力”を学び直して数学インストラクターになるまでをまとめました。

「できない」が積み重なっていた日々

小学生の頃、計算が複雑になるにつれて算数が苦手に。
発達障害の特性も重なり、点数も自信も失っていった時期の話です。

私は算数が苦手で嫌いでした。
低学年の頃はそれなりにできていたものの、中学年になると計算が複雑になり、苦手意識が強まりました。

「やり方が違うと減点される」「ただ教え込まれるだけ」 そんな環境で算数はどんどん嫌いになっていきました。

大人になって分かったのですが、私は「数える」「桁を把握する」といったことが苦手で、 これは発達障害の特性の一つでした。

点数が悪いと怒られ、勉強自体が嫌いに…。
「こうしたら楽しいよ」と教えてくれる大人は周りにいませんでした。

初めて数学が楽しいと思えた瞬間

中学で「算数」から「数学」へ。 文字式や方程式に出会い、初めて“楽しい”と思えた瞬間の話です。

中学生になり、算数から数学へ。
文字式や方程式を習ったとき、私は衝撃を受けました。
「こんなに楽に計算できる方法があるんだ!」と。

塾で何度も問題演習を重ねるうちに計算スピードが上がり、 考え方も身につき、中1の2学期には80点以上を取れるようになりました。
小学生の頃は50点も取れなかった私が、です。

その後も努力を続け、中学では数学で90点以上を取ることが増えました。 「できないことができるようになる」 その喜びが自信につながりました。

そして中学3年生。 全国模試の数学で100点満点・全国1位を取ることができました。
努力が実を結んだ瞬間でした。

数学に夢中になった高校時代

数学が好きすぎて、深夜まで問題を解き続けていた高校時代。 努力で成績を維持していた頃の話です。

高校でも数学の成績を落としたくなかった私は、 苦手科目を終わらせてから深夜に数学をするという生活をしていました。
数学を始めると集中スイッチが入り、覚醒して眠れなくなるほどでした。

進学校でしたが、数学では上位をキープし、 3回に1回はトップを取ることもありました。

これは才能ではなく、 周りの人よりもたくさん問題を解き、 やり方を体で覚えていたからだと思います。

「得意」だけでは通用しなかった世界

大学数学の壁にぶつかり、初めて大きな挫折を経験した時期の話です。

数学が好きだった私は大学で数学科を選びました。 しかし大学数学は甘くなく、私は大きな挫折を経験します。
「得意」だけでは通用しない世界でした。

「教える力」を学び直した日々

大学中退後、家庭教師として数学を教える中で、 “教える技術” を学び直し、資格を取得していった話です。

大学中退後、家庭教師として数学を教えていましたが、 「大学中退」はご家庭にとってネガティブに映ることもありました。

そこで「数学コーチャー」という資格の存在を知り、挑戦。 講義・論文・試験を経て無事に取得しました。
その後、数学インストラクター資格にも挑戦し、一発合格。

研修会にも積極的に参加し、 コーチングの技術を学び、 生徒の点数を20点から90点に伸ばすこともできました。

ありがたいことに、家庭教師の依頼も増えていきました。

数学からプログラミングへ

発達障害の診断を受けた後、 Excel・VBA・Web制作へと学びの幅が広がっていった話です。

大人になって発達障害の診断を受けました。
パソコンがまったく触れなかった私が、 Excel・VBA・ホームページ制作のスキルを身につけ、 プログラミングの世界に入っていきました。

大きな病気を経験したことをきっかけに、 「誰かの希望になりたい」と思い、記事を書き始めました。

私自身が何度も問題演習をして数学ができるようになった経験から、 「こういうページがあったらいいな」と思い、 ポケドリ・マスプリを作りました。

小さな一歩から始まったページが、少しずつ大きくなっています。

このページを見つけてくれたあなたへ

勉強が苦手でも大丈夫。 何度も挑戦すれば、必ずできるようになります。

今は勉強が苦手かもしれません。 何度も繰り返し挑戦すれば、必ずできるようになります。
それは簡単なことではないけれど、 私は諦めずにやってきてよかったと思っています。

このページは「できない」に寄り添ったページです。 一緒に頑張っていきましょう。